世界一になったコーラ売りの少年(後編)【お金の物語】

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世界一になったコーラ売りの少年

世界一になったコーラ売りの少年(前編)はこちら

こうして無事に、初の株取引で
利益を出すことに成功した少年は
とても有頂天になっていました。

しかしこの後も
シティ・サービス社の株価は上がり続け
最終的に『1株200ドル』になったのです。

大きな儲けのチャンスを逃した少年の初の株取引は
とても悔しい思い出として
深く心に刻まれる事となったのです。

そんな少年も高校生になりました。

この頃には、友人との共同出資で
中古のピンボールマシンを25ドルで購入し
それを近所の理髪店に設置

1プレイに5セントの利益を得る
本格的なビジネスを始めていました。

その後、このピンボールビジネスは大成功を納め
ビジネスモデルごと1200ドルで売却します。

こうして若きビジネスマンとなった少年は
19歳になった時、今後の少年の生き方を決める
ある1冊の本と出会います。

その本とは、ベンジャミン・グレアム著書の

『賢明なる投資家』

この本は、投資についての考え方が書かれた本でしたが
少年は深く感銘を受けました。

そして、思いついたら即行動しなければ気が済まない少年は
ベンジャミン・グレアムが教授を務める
コロンビア大学に進学し、投資を学ぶ事を決意します。

当時、ニューヨークに住んでいた少年は
およそ400km離れたワシントンD.Cにある
グレアムが会長を務める「GEICO(ガイコ)保険」
の本社へも出向きました。

しかし運悪く、その日は会社が休みだったのです。

それでも、少年は決して諦めず
なんとかして中に入ることはできないものかと
その会社のドアを叩き続けました。

そして、この時
たまたまオフィスにいた唯一の人物
副社長のロリマー・デビットソンが
会社のドアを開けてくれたのです。

こうして無事に面会が叶った少年は
4時間にわたって、いろいろな質問を
ロリマー・デビットソンに投げかけたのでした。

その後、ニューヨークに戻った少年は
当時、持ち合わせていた自分の総資産
9800ドルの内の75%を「GEICO保険」の株に投資しました。

そしてこの後「GEICO保険」の株価は
わずか1年で、なんと倍になったのです。

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兼ねてから決めていた、コロンビア大学に進学していた少年は
21歳のとき、経営大学院で博士号を取得し卒業

その後「グレアムの元でタダでも良いから働きたい」
と懇願するも、ユダヤ人であったグレアムに
当時の人種的な問題で断られてしまいます。

こうして仕方なく故郷の田舎に戻り
父親の証券会社を手伝う事にしました。

退屈な田舎町で平穏な毎日を送るうち
突然、ニューヨークのグレアムから
「うちで働いてみないか」との打診を受けます。

2つ返事でオファーを受けた少年は
ついに、高校生の頃からの夢だった
ベンジャミン・グレアムの元で
働ける事になったのです。

その後は、自らが感銘を受けたグレアムの著書
「賢明なる投資家」の改訂まで任される様になるなど
少年は、次々とグレアムの期待に応えていきました。

こうして数年後、グレアムの元で働きながら貯めた資金を元に
少年はついに、自らの投資会社
「バフェット・アソシエイツ」を設立したのです。

その後、29歳になった青年は
カルフォルニア出身の弁護士チャーリー・マンガーと
運命的な出会いを果たします。

出会うべくして出会った2人は
アメリカン・エキスプレス社や
ウォルト・ディズニー社、マクドナルド社

さらには、現在では自らがCEOを務める
バークシャー・ハサウェイ社への
投資を次々と成功させ
その名を全世界にまで轟かせる様になったのです。

そう、この少年こそが
現在では世界一の投資家と名高い
『ウォーレン・バフェット』です。

ウォーレン バフェット

【ウォーレン・バフェット】
誰もが認める世界一の投資家であり
世界最大の投資持株会社
バークシャー・ハサウェイ社の会長兼CEO。

1本5セントの『コーラ』から始まった少年の投資は
やがて、世界にその名を轟かせるまでになったのです。

そして、80歳を超えた現在でも
彼はコーラをこよなく愛し
毎日5~6本は飲んでいるといわれています。

そして面白い事に、現在の『コカ・コーラ社』の筆頭株主は
他ならぬ、彼だったりするのです。

参考資料:DIAMONDonline・中岡望の目からウロコのアメリカ
画像提供:Snarkout©2007/08/18

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